妄想大河~治長殿のつぶやき⑮最終回~君を乗せて~
城の裏手にある山里曲輪の中に、燃え盛る城の炎を避けるように私達は身を潜めた。
夜が更け、徳川方の攻撃も一時止み・・・ここ数日の戦闘の緊張感・・・眠ってはおらぬだろう皆々は疲れ果て、口を聞くものもなく・・・短い眠りに落ちるものもあり・・・蔵の中は、静まり返っておった。私も戸口近くにもたれ・・・控えておったが、短い間、ふと眠りに落ちたのだろうか・・・衣擦れの気配に、はっとして顔をあげると、側に淀の方様が・・・私を覗き込んでおられたのだった。私は、慌てて、身を正そうとした。
「治長・・・・そのままでよい。」
天窓から、城を焼く赤い光が漏れ入り・・・淀の方様の頬を、赤く照らしていた。・・息を呑むほど、美しかった。私は、居を正すのも忘れ・・・ただ、その瞳をみつめていた。
以前に、このようなお顔を見た事があると思うた。そう・・・あれは、まだ15の頃・・・。北の庄の城から茶々様のお手を取り、城から逃げた日のこと。燃える城を見つめる茶々様の横顔を、息を呑む思いでみつめた時のことを。。。
淀の方様は、静かに話し始めた。
「そちが、千姫に私達の助命託したこと、感謝いたしておる。私はともかく、秀頼のこと、私は、まだ、その一縷の希望に、すがりたいと思うておる」
「はっ」
「秀頼の助命叶えば・・・・私は・・・もうよい」
「・・・・あきらめてはなりませぬ・・・」
「・・・よいのじゃ・・・もうよい」
淀の方様は、そう仰せになると、ふっと笑みをもらし、懐かしそうに、遠い目をされ・・・独り言のように、つぶやかれた。
「治長は・・・・覚えておるか?北の庄の城が落ちた日のこと。私は、そなたの背中につかまり、あの日、馬に乗り、野を駆けた。生きている実感を、確かにこの身に感じたのは・・・あの時が初めてだったように思う・・・。」
私は驚き・・・息を呑んだ。。。あの日のこと、淀の方様は覚えておいでになった。。。
淀の方様は続けられた。
「私は・・・間違った生き方を、選んでしもうたのかもしれない。。。私は、負けとうなかった。。。あの日、城を焼いた炎に、私から大事なものを奪い取っていく炎に、負けとうないと思うた・・・。それなのに・・・私は、自ずから炎に包まれる生き方を選んでしまったのかもしれない。・・・・私は・・・・私は・・・・負けたのじゃな・・・」
そういうと、淀の方様は、静かに嗚咽しはじめられた。。。
「お方様は・・・・」
私は、思わず、声を強めた。
「お方様は・・・・見事にござりました。・・・・見事に生きて参られた・・・」
淀の方様は、涙をぬぐい、
「治長・・・褒めてくれるか。私は・・・そなたの背中で、また、野を駆けてみたかった・・・」
私は、胸が熱くなった。。。この願い・・・・叶えてさしあげること・・・叶わぬ。。。
そのまま、私達は、並んで、長い間、黙って、座っておった。。。
淀の方様は、いつのまにか、私にもたれて、幼子のようなお顔をして、お眠りになった。。。ずっと、眠りにつけずにおいでになったのであろう。。。せめて、ほんの少しの間でも、安心して、眠っていただきたい。。。私は、身動きもせず、淀の方様の寝息を聞いていた。そして、そっと、その御手に、自分の手を重ねてみた。。。
私は・・・この方を・・・ずっと見つめて参った。その寝顔を見つめながら、私は、この方の人生を思った。幾度となく戦いのために、大事なものを奪われ、そして自らの運命を受け入れ、孤独に耐え、この大坂城という大舞台で、見事に生きてこられたと・・・。今、こんなに幼い顔をなされて眠られている・・・あの日の茶々様にもどられたかのように・・・。私は、茶々様の手を、握りしめていた。。。そして、彼女に、私の最後の歌を・・心の中で歌っておった。。。
「昨日は・・・郭の中で、寝た。あの娘と手をつないで・・・
山里曲輪の中・・二人、毛布にくるまって・・・
Car radio から、スローバラード 夜露が窓を包んで・・・
悪い予感のかけらも ないさ
あの娘の 寝言を聞いたよ ほんとさ 確かに 聞いたんだ
Car radioから、スロー・バラード 夜露が窓を包んで
悪い予感のかけらもないさ
僕ら 夢を見たのさ とても よく似た夢を
(RCサクセション ~「スローバラードより」)
あの日、茶々様を背に・・・馬駆けた日・・・。私も夢を見た。
この姫を、ずっと、お守りしたいと。。。彼女が、「馬を持て」と、私に命じたあの瞬間に、私は自らの運命を決めたのかもしれぬ。。。私は、その運命に、負けたとは思いたくない。この眠りが覚める頃に・・・・徳川からの返事が届いてほしい。。。秀頼君と、淀の方様の助命が叶うと・・・。このお方に、馬を走らせ、野を自由に駆けさせてあげたい・・・。私の最後となるであろう朝・・・彼女が豊臣の重圧から離れ、新しい人生を歩まれるという希望を知ってから・・・私は逝きたいと・・・強く願った。どうか、お二人の助命・・・叶えられてくれたまえ。どうか・・・どうか・・・。
やがて、朝が訪れた。
蔵の外は、すでに私達の居場所を知った徳川の兵に囲まれていた。
徳川から、私に面会したいとの使者がまいった。私は、一人、・・・蔵を出た。
銃口がいっせいに私を狙う中、私は問うた。「千姫様は、無事に家康公のもと、届けられたか」使者が二人、黙って、かぶりをふると、私の隙をみて、私を捕らえようとした。私は、その手を振り払い、懐に忍ばせておいた爆薬をふりかざし、叫んだ。
「おのおのに、捕らえられるような修理ではない。ご助命が叶ったとの報だけを、もたらせ!それまでは、手出し無用!」そして、蔵へと走り戻った。。。お方様は、昨日の涙の後もみせず、毅然として、秀頼公の横に座しておられた。すべての運命を、受け入れる・・・そのような毅然としたお顔で。
その瞬間であった。いっせいに、徳川の軍が蔵にむかって、射撃をはじめたのだった。
私は、すべての希望が消えたことを知った。とっさに、淀の方様と、秀頼公の前に走り出て、両手を広げておった。徳川の名もなき兵の放つ銃弾などに、お二人を撃たせてはならない。・・・・背中に、淀の方様の声を聞いた。
「治長・・・・」
私は、振り返った。別れを・・・・申し上げなければならない時が来たことを知った。淀の方様は、私を黙って見つめておられた。私は、膝をおとすと、「・・・最後まで、お仕えできて、幸せにござりました・・・」と・・・それだけを振り絞るように言った。今までの淀の方様との日々・・・脳裏によぎった。
さらに、はげしく撃ち込まれる銃撃に「お二人を撃たせてはならぬ!」と叫ぶと、奥の間に、皆を案内した。戸を閉めて、振り返った瞬間・・・・背中に痛みが走った。銃弾を背に受けた。私は崩れ落ちるも・・・「火をかけろ!」と、叫んだ。お二人の最後・・・徳川にさらすわけにはいかない。せめて誇り高き御最後を・・・。
勝長が、火を放った。。。皆が、それぞれ向かい合わせに、剣をにぎりしめ介錯し合い・・・無言で急ぐように命を絶っていくのが・・・薄れいく視界の中にみえた。私は、必死に、淀の方様が静かに座し、剣を喉元に当てられているその場所に、這いながら、少しずつ近づいた。秀頼公が、切腹され、勝長が介錯し、後を追った。隣で、淀の方様は・・・・近づく私の姿を、じっと見つめておられた。目を逸らすこともなく、じっと私の瞳をみつめながら・・・彼女の人生を、私に見届けよと・・・そう仰せになっておられるかのように。
私は、最後の力を込めて・・・・「お方様!」と、声に出した。。。
淀の方様は、私にむかって、笑みを浮かべられると・・・最後に確かに、こう仰せになった。
「治長!・・・・馬を持て!」剣先に力が込められた。
私は同時に叫んだ。「姫君!・・・・乗られよ!」
そして、懐から、爆薬を取り出すと・・・天井から漏れ落ちてくる火の粉にむかって、高く掲げた。
宮川は、徳川軍の山里曲輪への一斉射撃が始まったのを知ると、陣を出て、大坂城に向かって走った。と、瞬間、ものすごい爆風の元、山里曲輪のあたりから、凄まじい炎が上がるのを見た。
宮川は、すべてが終わったのを知った。「殿!」と叫ぶとよろよろと崩れ落ちた。
やはり、、落ち延びた侍女達、家来達が、その吹き上がる炎を、泣きながら、見つめた。
徳川の陣営のひとつから、片桐且元もよろよろと出てくると、・・・・絞りだすような叫び声をあげ、何かに衝かれたかのように甲冑をとり、腹を切ろうと、懐を開いた。
宮川も、剣をとり、自らの喉元にあてた。。
「殿・・・・お供いたしまする・・・某も参りまする」
と、背中に、声を聞いた。
「待たれよ」
振り返ると・・・修験者の一行がそこに立ってこちらを見ておった。
先頭の、派手なマントを羽織った痩せた一人の修験者が、こちらを見て、ゆっくり首を振った。すべてを包みこむかのような・・・優しい顔をしたその修験者は、着ていたマントを脱ぐと、お付きの修験者に渡した。すると、それが合図のように・・・修験者達は、手にしていた弦や太鼓や篳篥で、演奏を始めた。そして、マントを脱いだその男が、杖を高く掲げると、歌を・・・・歌い始めた。
「夜から朝に変わる、いつもの時間に、世界はふと考え込んで、朝日が出遅れた。
なぜ悲しいニュースばかり、従者は言い続ける。なぜ悲しい嘘ばかり、俺には聞こえる。
OH!荷物をまとめて、旅に出よう。OH ! もしかしたら、君にも会えるね。
JUMP!夜が落ちてくるその前に。 JUMP!もう一度高く、JUMPするよ。
何が起こってるのか 誰にもわからない。いい事が起こるように、ただ願うだけさ
眠れない夜ならば 夜通し踊ろう。 ひとつだけ多すぎる朝 後ろを付いてくる
OH!忘れられないよ。旅に出よう。 OH!もしかしたら、君にも会えるね。
JUMP 夜が落ちてくるその前に JUMP もう一度、高く JUMPするよ
世界のど真ん中で、ティンパニーを鳴らして その前を殺人者がパレードしている。
狂気の顔で空は 歌って踊ってる。でも悲しい嘘ばかり 俺には聞こえる。
OH!くたばっちまう前に 旅に出よう。OH!もしかしたら 君にも会えるね。
JUMP!夜が落ちてくるその前に。JUMP!もう一度高く、JUMPするよ。
JUMP!夜が落ちてくるその前に。JUMP!もう一度高く、JUMPするよ。」
聞いていた侍女たち、家来達は・・・その歌声に乗せられるかのように、泣きながら、次々に歌いはじめた。重たい甲冑を外し、やがてジャンプしながら。。。その声はどんどん大きくなり・・・徳川の兵達までもが、兜や甲冑を、次々に脱ぎ捨てると、歌い、そして、ジャンプしはじめた。宮川はその皆の歌声を聞き、我に返った。そして、立ち上がった。持っていた刀を、振り落とすと、まっすぐに燃えあがる城の炎を見つめた。且元も・・・・我に返ると、刀を捨て、こみ上げてくる涙を隠そうともせず、泣きくずれた。
歌声は、どんどん広がり、大坂城を囲むすべての兵達、逃げ遅れて惑う街の人たちも、やがて、歌にあわせて、自らも声を張り上げ、歌いはじめた。皆が、銃や刀を投げ捨て、ただ、泣きながら、歌い、踊り、ジャンプした。歌声は、炎より高く、空に舞い、野や山に広がっていった。宮川は、その歌声の中に・・・確かに治長の篳篥の音を、聞いたような気がした。
おわり。。。
~ リスペクト忌野清志郎「JUMP!」より~
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